【エッセイ第29回】

裏方さん

「ぼくの子」

どんな子なんだろう?ぼくの子って、どんな子が生まれるんだろう?

いつの頃からか、ぼくは、そんな不思議な気持ちを抱くようになっていたなぁ。

ぼくは結婚した。早く子供が欲しかった。いや、ぼくはきっと、早く自分の子供に会いたかったんだと思う。

まだ見ぬ君、早くぼくのまえに、その未知なる姿を見せてよ。

早く…。


「元気な男の子ですよ」

助産婦さんの声に、そして、大きな声で泣くわが子の姿に、自然と頬がゆるんでしまったことを、いまでも昨日のことのように覚えているよ。

小さかった…、弱々しかった…いまにも壊れてしまいそうな感じがした。君は、その小さな体いっぱいに、いつも泣き叫んでいたね。

ぼくは、君が生まれて間もないころから、君の声を聞き分けることができたよ。親だもんね。当然と言えば当然かもね。でもその瞬間が、ぼくにとって君の親であることを実感したときでもあったんだよ。

泣き、ママのおっぱいを飲み、そしてぼくに抱っこをされながら眠る…そして、また泣く、ママのおっぱいを飲む。ぼくに抱っこをされながら眠る…。

小さな物音ひとつに過敏に反応し、すぐに泣く。それも耳をつんざくような、けたたましい泣き声で。のけ反りながら、ぼくの腕のなかで暴れる君…。

「赤ちゃんって、大変だぁ。」

ぼくは、寝ることもままならず、君に手を焼いていた。1年も経たずして、ぼくの体重は10kg減。もともと痩せていたぼくは、いつもフラフラ…新潟市ならではの強風に飛ばされそうだったなぁ。

「ずっとこの状態が、続くわけじゃなんだから…」ぼくはいつも、自分自身に言い聞かせていた。

ひとり遊びが好き。うつむきながら、同じところをグルグル歩き回ってばかり。声をかけられても無視。突然泣き、暴れだす。言葉をしゃべらない…。

「来年こそはしゃべるよ、きっと。しゃべられなかったら大変じゃん。」

何年もこのセリフを言っていたっけ。いつから言わなくなったんだろう。

お医者さんや保健婦さん「男の子だからねぇ。様子を見ましょ。」何年、何回、このセリフを聞いたかなぁ。忘れたよ。

君が4歳になって、ようやく「情緒障害」「自閉症」「広汎性発達障害」「知的障害」…いままで聞こえてこなかった言葉が、次から次へと、ぼくの耳に洪水のように押し寄せてきた。

ぼくは、わかっていたのかもしれない…。医療・保健・福祉の専門職ではないけれど、親として、君にとって一番の理解者として、「君」のことを…。

ぼくは「君」を見ているよ。ぼくは「自閉症の君」を見てるんじゃなくて、「君」を見ているからね。自閉症のことは勉強するよ。でも理屈抜きに、まっすぐ「君」を見たいんだ。だってぼくは、「君」が生まれることを、ずっと望んでいたんだから。


ハンドルは裏方さん。ぼくは、演劇が好きだ。新劇、喜劇、ミュージカル、歌舞伎…。舞台は生き物、一度として同じ舞台はありえない。

人が、一人ひとり違う人生を歩むように、ぼくたちの子も、人として生きる人生をもっている。ただ、少し周囲の理解と配慮、そして手助けが必要なだけ。

たった一度の「人生」という舞台に立つ、ぼくたちの役者さんたち…。

ぼくは舞台の「裏方さん」として、君たちを支え続けるよ。



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