【エッセイ第71回】

たあちゃんの母さん

「たあちゃんのこと」

ウチの家族で、いちばんの食いしん坊…それがたあちゃん。野菜、魚、肉、フルーツなんでも食べる。特にお菓子が大好き。給食はいつも完食し、おかわりまでしてくる。そのせいか年齢とともに体重が増加し、肥満が心配になってきている。彼は現在、小学校の特殊学級に通っている。私の送り迎えつきである。

親の私が言うのもなんだが、たあちゃんは色白で目がパッチリとしてまつ毛の長い、とてもかわいい赤ちゃんだった。ミルクを飲ませる時、目が合うとにっこり笑ってくれた。…その頃は彼に何か問題があるなんて夢にも思わなかった。

でも彼は三歳を過ぎても言葉を話さなかった。そして家中の絵本を、見るのではなく、かたっぱしからビリビリと破いてバラバラにして遊んでいた。その頃から(どこかおかしいのでは?)という疑念が私の頭によぎり始めた。…そして三歳児健診の時、他の子と我が子のあまりの態度の違いに愕然とした。とにかく勝手にあちこち動きまわり、もう追いかけるだけでヘトヘト…。他の子はみんな母親のそばできちんと待っているというのに…。

彼に下された診断は「知的障害を伴う自閉症」で、しかも重症だということだった。うすうすどこかおかしいとは感じていたものの、やはりかなりのショックだった。

それからは、もう毎日を必死で夢中に生きてきた。なかでも一番困ったことは、排泄だった。五歳を過ぎるまで、彼はずっとおむつがとれなかったのだが、油断すると自分の便をこねくり回し、じゅうたんや、テレビ、おもちゃ等そこらじゅうにあるものに塗りたくってしまう。もう泣きたかった。次はいつするのかと、常に神経をとがらせ、全くゆとりが持てなかった。

もう一つは「液体の入った物を見ると必ずひっくり返す」という習性だ。レストランのコップの水然り。掃除用のバケツの水然り…。のんびりお茶を飲むなんて夢のまた夢だった。そんなとき、私はというと、いけないと分かってはいてもカッとなって、つい大きな声が出てしまう。そして彼はというと、おもしろがってゲラゲラ笑いながら、ますます行動はエスカレートするばかり…。

こうした壁にぶち当たるたびに、「なぜこんなことをするのか」「どうしたらやめさせられるのか」など、悩みながらなんとか乗り越えてきた。現在は読み書きもでき、言葉でのコミュニケーションもある程度できるようになったので、ずいぶん楽になった。もちろん全く問題がないわけではないが…。

今改めて、彼を育てていく中で、自分自身、ずいぶん成長させてもらったなあと思う。それまで知らなかったこと、気づかなかったことについて、いろいろと考えさせられた。例えば、世の中には何らかの障害を持った人がたくさんいるんだということ…。そして障害があるということが、不便ではあっても必ずしも不幸ではないということ。

…たあちゃんの障害が分かった時、目の前が真っ暗になり、もう二度と幸せを感じることは出来ないだろうと思った。でもそれは間違いだった。確かに健常な子どもに比べて大変なことはたくさんある。また、就学のことや親亡き後の将来のことなど、心配したらきりがない。でも彼が私の顔を見てニコッと笑い「お母さん!」と抱きついてきてくれる時、たあちゃんがいてくれて幸せだなあと心から思うのである。彼は私を母親として認識し愛情を感じてくれているのだから!!

たあちゃん、生まれてきてくれてありがとう!



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