第45回 UDAさん


「出発」

私はUDA
旧姓からとったハンドルなのだ。
「昔は良かったなー」という想いが、このハンドルを作らせたのかな?

さて、我が家は、主人と私と
一人息子HERO(ヒーロー、6歳)の3人家族。
HEROは3歳の時、専門医に受診し
“高機能広汎性発達障害”と診断を受けている。
HEROはこの3月、幼稚園を卒業した。

3年前…
医師の勧めもあり、HEROは近所の保育園に通うことになった。
入園してみると、クラスの中で新入園児はHEROだけ。
だからクラスの副担任は、当初HEROにかかりきりになってくれた。
そのおかげで、半日保育→給食まで→お昼寝も全部、と順調に慣れていった。
あんなに苦心していたオムツも、プール開始前に
ピタッとウソのように取れてしまった。
お話しも飛躍的に上手になった。
その後引っ越しをし、2年間幼稚園に通い、やっと卒園を迎えたのだ。

成長するに従って、他の子との違いも、より目立つようになった。
HEROの自我も、遅ればせながら芽生え出し…。
そんな中での幼稚園生活、よく頑張ったよね。
「さぞや感激感涙の式となるであろう」と
私は大判ハンカチを用意して式に臨んだ。
私は役員をしていたので、残念ながらHEROのそばに座れなかったのだが
遠目で観察していると…。

卒園証書授与。
自分の番を待っている間、その場でグルグル回転開始。
(常同運動で不安解消ね。)

やっともらった証書。
今度はキャンギャルのように高く掲げ、みんなに披露しながら席に戻っていった。
(うれしはずかし、その気持ちはわかるけど。)

ついでに鼻血を出し、
私が記念品目録を読み上げようと立ち上がると、
「うおー!ママー、がんばれー!!」
(はいはい、がんばるよ…。)

そして感動の謝辞。
読み上げているお母さんが感極まって泣き出すと、
「泣いてるー」
(場の雰囲気が読めてない…。)
つられて他の子も笑いながら「泣いてる泣いてる」の合唱となり、
結局、保護者は涙、子どもは笑顔で無事(?)式は、終了。
私のハンカチは、涙に代わって冷や汗を拭くのに大いに役立った。

その後、引き続き行われた謝恩会で、HEROは終始ご機嫌斜め。
最後には行方不明となってしまった。
先生と園内を捜していると、狭いロッカーにスッポリ入って、
しくしく泣いていた。

「さみしいよー」
声を振り絞って理由を教えてくれた。

そうか、そうだよね。さみしいよね。
2年前、保育園を退園するときの、
あっけらかーんとしていたHEROとは違うんだね。
そうだよ、卒園ってさみしいもんなんだよ。
お別れってつらいんだよ。
いい経験できたね。
HEROの成長を実感できた、卒園式でした。

そして4月。迎えた入学式。
HEROは、緊張で無表情になっていたけれど、
今回は、無事式を終えることができた。

翌日、いよいよ小学校生活のスタート。

同級生たちの多くは、同じ幼稚園だった子同士でグループを作り、
さらに、ご近所の仲間を見つけて一緒に下校する。
もちろんHEROはこれまで通り、仲間の作り方もわからず一人フラフラ。
それでも、慣れない環境に必死についていっている。
ある日私は、サッカー好きのHEROに質問した。
「サッカースクール申し込もうか?」
「HEROは学校で背伸びしすぎて、頑張りすぎだから、申し込まない。」
「…、じゃあ、HEROは学校から帰って何したい?」
「ママとお家で遊ぶだけでいい。」
いっぱいイッパイなんだね。

それでも「学校は好き」というHERO。
ママにできるのは、そんなHEROの様子を
担任の先生に理解してもらうことと、たくさんたくさん褒めること。
これからもHEROが「学校好き」と言えるように、ママ頑張るよ。

いつもHEROの味方だよ。